利用者様目線で考えるということ

 

最近、利用者様から教えて頂いたことがあります。

その方は趣味で陶芸とお茶をされていて、抹茶を立てる時の器を自分が使いやすいように作られたとのことでした。

市販の高い器は、見た目は良くても実用的には使いにくいから、との理由からです。

すると、その利用者様が作られた器があまりにも使いやすいため、お茶の先生が欲しがって何人も差し上げたとのことでした。

要するに、作り手側ではなく、使い手側からみて使いやすいものを作って成功した事例です。

このお話を聞いて思いました。

このことをデイサービスの運営に当てはめると、スタッフからみて良いことが、必ずしも利用者様からみて良いこととは限らないということです。

サービスが押し付けにならないよう、常に自分達が利用者様の立場だったらどう思うのか?
という問いを繰り返していく必要があるのだと思いました。

このお話をきっかけとして、利用者様目線で考えることの大切さを学ばせて頂きました。

基本なくして応用なし

 

6月に、県の理学療法士会の研修会の講師をすることになっているのですが、私がそこで強調したいことは、どんな分野でも「基本」をしっかりと固める必要性です。

 

私が理学療法士になりたての頃は、PNFなどの手技にばかり走っていました。

今思えば、どんな手技でも基本の上に成り立っているのに、その基本をかなりおろそかにしていたのだと思います。

手技をいかに上手くできるか、形を綺麗にできるか、ということにこだわっていて、手技を使うそもそもの基本である、“どういう患者さんに適用させるか”、“どういう問題に対してどう使うか”といった基本の考え方がかなりおろそかになっていた気がします。

反省です。

その後、心臓リハビリテーションを担当するようになってから、解剖学、生理学、運動生理学といった“基本”が本当に大切であるということを痛感しました。

心臓を勉強しているうちに、呼吸分野も勉強する必要性を感じて勉強し始めたのですが、その頃に“基本”はやはり間違いなく大切であるということを再確認しました。

基本がないと、臨床推論をする上での考え方の応用が効きません。

しっかりとした基本があるからこそ、さまざまな症状を呈する患者さんに応じて多様なアプローチを展開することができるのだと思います。

 

私が1年目の頃、当時の職場の上司であり大先輩の先生とご一緒に学会に参加する機会があったのですが、学会が終わった夜に2人で食事をしながら言われた言葉を今でも鮮明に憶えています。

それは、「やっぱり解剖学とか生理学とか運動学といった基本が一番大事だよ。私も今だから思うけど、若い時にもっと基本をしっかりと勉強しておけばよかったと本当に思うね。」という言葉です。

その時私は、まだ経験が浅かったため、その言葉の本当の意味をつかめず、そこまで重く受け止めていなかったのですが、今になってやっとその言葉の重さが分かりました。

どんな分野であれ、“基本”はしっかりと固めなければなりません。
基本なくして応用なしです。

今学生の方や、理学療法士として社会人になりたての方には、早いうちからこの“基本”の大切さに気付いて欲しいと思います。
私は気付くのが遅かったので、同じ過ちを犯さないためにこの事を伝えたいと思います。

 

最後に呼吸分野で私がオススメする“基本”を学べる本をいくつかご紹介しておきます。

■基本、絵や写真で構成されているため、とても読みやすく、初めの導入としてはかなりオススメの本です。しかもこのボリュームにしては安いと思います。

■呼吸療法認定士の基本テキスト。呼吸療法について幅広く網羅的に学べます。

■価格も安く、そのタイトル通り、呼吸分野の初学者の方にオススメです。

■内容はかなり難しいため、読むのに時間はかかりますが、呼吸と循環の生理学をしっかりと学ぶことができます。他の入門書を読んで、概要をつかんでから読んだ方が良いかもしれません。

■呼吸生理についてしっかりと学べます。図やグラフが多く、視覚的にも理解しやすい本です。

 

「もうすぐお迎えがきますから…。」

 

 

以前、入院されていた患者さんで、腎不全の末期のご高齢の女性の方がいらっしゃいました。

 

いよいよ腎不全の状態が悪化してきていました。
その方のリハビリに入った時のことです。

 

その方の娘さんが穏やかな口調で、ふと、
「もうすぐお迎えがきますから…。」
と言われました。

 

私はその言葉を聞いて、
「そうですねぇ。」とうなづくわけにもいかず、
病状を考えると、「いえいえ、そんなことはないですよ。」と言うわけにもいかず、何と応えたら良いものか、言葉につまっていました。

 

その後、娘さんは、
「じゃあ私は帰りますので、どうぞよろしくお願いします。」
と帰られました。

 

この時、私は気付きました。
そうです、
「もうすぐお迎えがきますから…。」というのは、
天国へのお迎えではなく、家族の方が娘さんを病院に迎えにこられた、という意味だったのです。

 

何ともお恥ずかしい間違いですが、
みなさんもこんな間違いはないでしょうか?

 

この経験をしてから、
「もうすぐお迎えがきますからね。」という言葉をご高齢の患者さんにかける時、ちょっと躊躇することがあります。

 

後輩教育で焦ったら

 

 

後輩教育をしていて思うことがあります。

 

「何でこんなことができないの!?」

「一度教えたのに、なぜ2度も間違えるの!?」

「なぜもっと自分で考えて動けないの?」

といった事を思うことが時々あるのですが、このように思っている自分をふと客観的に見た時に、「自分はこの後輩と同じ経験年数の時に果たしてできていたのだろうか?」と考えることがあります。

 

そこで出た答えは、

「たぶん、できてないだろうな。」ということです。

 

ここで気付いたことは、すでにできるようになった人は、まだできない人に対して指導する時には、自分がもし同じ立場だったら、というふうに置き換えて考えることが必要ではないかということです。

 

自分が成長してきた過程には、色々な失敗があったはずです。 その色々な失敗を経験したからこそ、今のできる自分があるはずです。

 

できるようになった人は、とかくその過程を全てすっ飛ばして考えてしまうことがあるのではないでしょうか?

「こんな簡単なことが、なぜできないのか?」と。

 

自分が簡単にできるようになったのには、それなりの失敗と経験があったからこそではないでしょうか。

 

後輩にも人それぞれに成長過程があるわけなので、自分が成長してきた過程と同様に、「失敗⇒反省⇒改善⇒成長」という過程を踏ませて、気付いていかせる必要があるのではないかと思うのです。

焦らずに、です。

 

後輩の成長にスピード感を期待する気持ちもありますが、そこはぐっとこらえて、果たして自分はスピード感をもって一気に成長できたのか?と自分の胸に問わなければなりません。

 

もちろん成長スピードには個人差もあると思いますので、それも考慮する必要はあると思いますが。

 

 

「何でこんなことができないの!?」

と口から出す前に、一息ついて、考えてみることが大切ですね。

 

 

「どちらが患者さんのためになる?」

 

ある師長さんの言葉。

「どちらが患者さんのためになる?」

素晴らしい言葉です。

やはり医療者としての原点は、
「どちらがスタッフのためになる?」ではなく、
「どちらが患者さんのためになる?」ですね。

こういうリーダーに人はついて来るのでしょう。

リーダーシップとは何か?

 

 

 

 

この本には、以下のように書かれています。

 

リーダーシップとは「目に見えないもの」であり、かつ「計測できないもの」である。しかも、その人がリーダーであるかどうかを決めるのは本人ではない。周りの人がそう認めたり、感じたりしたときにはじめてリーダーたりうるのだ。

〜中略〜
「自分を高めたい」「社会に貢献したい」といった「志」に献身する姿が周りの人の共感を呼び、その人たちが力を貸したい、力になりたいと思ったとき、はじめてリーダーシップが生まれると考えるからだ。
つまり、リーダーシップの核心は「志」にあるのだ。

〜中略〜
私はリーダーシップとは「生き方」によって生まれ、磨かれるものだと考えている。

〜中略〜
ただし、リーダーシップを身に付けるための「ノウハウ」はない。リーダーとは「どうやるか」ではなく、「どうあるか」という問題である。結局のところ、リーダーシップとは「生き方」そのものである、としか言いようのないものなのだ。

 

私はこの本を読んで、リーダーの在り方について考えさせられました。

 

世のビジネス書には、目標を達成させる方法や、部下に好ましい行動をさせる方法や、部下の管理の仕方など、リーダーとして必要な要素が書かれた本がたくさん出されています。

 

そういった方法論も大事ですが、その根本には、強く大きな「志」が必要であると学びました。

 

枝葉末節のテクニックの根本には、大きな幹としての「志」が必要なのです。

 

リーダーシップのとり方には人によってさまざまなタイプがあると思います。
ワンマンタイプで強力に引っ張っていくタイプや、後ろから後押しするようにサポートするタイプなど。
それは人それぞれの性格によって変わってくるでしょう。

 

リーダーシップのタイプは人それぞれで違っても良いと思いますが、その核心には、自分がチームや組織のリーダーとして成し遂げたいことを、周りの人の協力を得ながら、いかに成し遂げるか、という共通した「志」があるのではないでしょうか。

人生を幸せにするリハビリテーション

 

先日、60代の男性患者さんを申し送りで担当しました。

その患者さんは、十数年前にC5−6の頸髄不全損傷を受傷された方でした。
他の病院で3〜4年ほどリハビリを必死に頑張ったとのことで、その当時のエピソードを話して頂きました。

その時に担当だったPT、OTが本当に親身になってリハをしてくれたとのことで、現在も親交があるとのこと。
「その人がいなかったら、今の自分はないだろうね。とても感謝してるよ。」と言われていました。

現在は、C5−6の不全損傷でありながら、陶芸、自動車の運転、パソコン操作など、アクティブに生活されていますが、受傷当時は全く動くことができず、少しでも希望を持ちながら、PT、OTと二人三脚でリハをしてきたとのことでした。

「他にもPTやOTたくさんいたけど、あんなに自分のことにように親身になって頑張ってリハビリしてくれた人はいなかった。」

患者さんが楽しそうに話すのを聞いていると、自分も、そんな風に患者さんの人生を幸せにできるリハを提供できているだろうか、と襟を正される思いでした。

声のクリスマスプレゼント

 

私の担当患者さんに、交通事故で意識障害、骨折、麻痺などの重い障害を負った10代の女の子がいます。

その女の子は気管切開をしていたのですが、最近、スピーチカニューレという、声が出せる気管カニューレに変わり、言葉まではいきませんが、「あー」と声を出せるようになったのです。
かなり感動的な出来事でした。
おまけに、手も、「グー、チョキ、パー」ができるようになり、こちらの問いかけに対して、手を使って意思表示ができるようになったのです!
本当に子供の回復力には素晴らしいものがあります。

そして、今日、脳外科Dr.の回診があったのですが、その回診の際に、Dr.が、「素敵な声のクリスマスプレゼントだね!」と言われました。

“声のクリスマスプレゼント”というDr.の感性がとても素晴らしいと思いました。
その言葉にまた感動してしまいました。

私も、こういう感性を持った医療者でありたいと強く思いました。

家に連れて帰った方がよくなる

 

今日、患者様のご家族のお言葉にハッとさせられました。

「両手もしばられているし、ずっと寝かされているし、こんな状態ならば、家に連れて帰った方がよくなると思う。」

その患者様は88歳というご高齢ではありますが、これまで事業をされていたのでしょう、年金生活ではなく、ご自身の収入があるとのことでした。
年相応の軽度の認知症はありますが、受け答えははっきりとできますし、しっかりと意思を伝えることもできます。
ご自分で歩いてトイレに行くこともできるし、お風呂にも入れていた。
そのような方の、両手をしばり、寝かせきりにしている。
確かに、ご家族がこのように思われるのも当然かもしれません。

なぜこういうことになるのか?
病院としては、原疾患の治療を優先的に行うわけですが、その治療の過程で、原疾患の治療はできたが、廃用症候群が起きてしまった、という結果になることもあるわけです。
その廃用症候群を防ぐことが、私たちリハビリテーション職種の役割であると思うのですが、現状では、どうしても防ぐことができない面もあります。
マンパワーであったり、診療報酬上の単位数の制限であったり、といったことで、1人の患者さんにさける時間には限りがあります。
看護師も、多忙な業務の中、1人の患者につきっきりになるわけにはいかず、かといって責任もあるため、リスクが伴えばやむを得ず抑制をしてしまうこともあります。

このような現実に直面した時、非常に悔しい思いをします。
もっとマンパワーがあれば、診療報酬上の制限がなければ、この患者さんはもっと良くなるはずなのに。元の生活に戻れるはずなのに・・・。
分かってはいながら、それができない。
何とももどかしい気持ちです。

そういう思いがあるからこそ、このご家族からの言葉はとても重く心に響きます。

実際は、ずっと寝かせきりにしているわけではなく、毎日、午前と午後にリハビリテーションを行っているわけですが、それでも十分とは言えません。
入院前は、生活の中でもっと動かれていたはずです。
入院中に、元の生活での活動量にできるだけ近づけていく。
このことが大切だと思います。

ご家族からのお言葉を重く受け止め、
このようなもどかしい現実を打破すべく、模索していきたいと思います。

後輩教育

 

今日、後輩と話していて、ヒントになることがありました。

呼吸サポートチームの会議の中で、話が脱線して患者さんの話になり、後輩が普段の臨床の中でどんなことを考えているのかということを知ることができたり、その話の中で教えることができたりしました。

普段、業務中にはなかなかこうやって後輩と話す機会がなく、勉強会をするにしても、勉強会の内容だけの質問と答えのやりとりで終わったりしていて、なかなか臨床に結びつくような深い話まではできなかったのですが、今回フリートークで結構充実した話ができたので、これは使えるのではないかと思いました。

勉強会を開くというと、開くほうもある程度プレッシャーがありますし、準備もそれなりに必要です。
勉強会というかしこまった形ではなく、こういった先輩と後輩のフリートーク会を開くと、どちらも気軽に色々なことが話せて、良いのではないでしょうか。
後輩が何を考えて臨床をしているのかを知ることができるのではないかと思います。

フリートーク会、実践してみようかと考えています。

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